山形のさくらんぼ狩り くだもの狩りは、大将錦開発農園の山形チェリーランド・上山観光フルーツ園へ!

園主の大将錦開発ヒストリー

 

簡単にまとめました。興味のあるかたはお読みください。

13歳の夢

 私(園主)は物心ついた時からさくらんんぼの木に囲まれて育った。

周囲にはさくらんぼを3000貫(約10t)収穫する農家が何件かあった。

 しかし、我が家の畑は、面積も小さく作るのも下手、収量はごくわずか・・・

そのため中学生の頃から、他の農家へ収穫の手伝いにいった。

 

 なぜ、ウチは採れないのか?

それが悔しかった。

 

 そして13歳の時、日本一のさくらんぼ作りを志した。私はさくらんぼバカになった。いつしか周囲から、「さくらんぼ大将」と呼ばれるようになっていった。  

 

畑じゅうを這いつくばって探す

さくらんぼを量産するなかで、根が腐り枯れていく病気に悩まされた。

 

 病気にかかりにくい実生苗(ごく稀にタネから育つ木)を畑中這いつくばって探しまわった。数年かけて数百本集めて育てた。

タネから育つ木は、親木とは異なる実をつける。

 

 

大将錦誕生へ

 集めた中に、ひときわ秀でたものがあった。

今までにない特性を持っていることに注目し、大変優れていることから「大将錦」と名付け、品種登録をした。

 その間20年以上が経っていた。

 

加藤勇

 

大将錦品種登録証

 

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